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立教大学 現代心理学心理学科教授 小口 孝司氏
いま、精神障害者は約300万人を超え、その内約30%がうつ病(内閣府調査2007年)だという。企業のメンタルヘルス対策もやっと動き始めてきた。立教大学の小口先生は、メンタルヘルスツーリズムのビジネス化について様々な検証を重ねている。観光とストレス軽減の関係について、そして癒し施設で求められている人材について話を聞いた。
メンタルヘルスツーリズムに期待できることは?
メンタルツーリズムが提供するものとして、まず、日常生活から離れて「視点の転換」、視覚中心の生活から「五感の活性化」、日常の仕事の中では難しいかもしれない「主体性・自律性」の発揮、夜の暗闇などで「時間感覚の回復」、地域の中での「帰属意識」や「アイデンティディの創生」などにも効果が期待されます。職場だけでなく、たくさんのアイデンティティを持つ方が健康で元気に生きられるというデータもあるようです。
本来、ツーリズムには2種類あると言われ、従来型のわくわくドキドキを期待する「ワンダーラスト型」、そしてホッとする等の癒しを提供する「ムーンラスト型」。これからのツーリズムはこれだと言われています。例えば、温泉の人気ランキング上位に常に入る九州の黒川温泉は後者の代表でしょう。一見何もない山の中の20数件の小さな温泉地ですが、ある意味「何も無いことが有る」のが特長です。一番人気の旅館「山みずき」。玄関に続く雰囲気のあるアプローチは、昔は田んぼだったところ、名物の露天風呂もやはり田んぼを切り開いて作った場所です。あたかも、ずっと昔から自然と一体になっていたかのような心憎い演出です。
観光がストレス軽減に良い影響をもたらすだろうことは経験的には分かっていたことですが、それを実証することができました。一泊二日の千葉の旅を76名に対して実施しました。いろいろな体験をして観光がストレスに与える影響を測定しました。その結果旅の前後でストレス度を表す物質が、農園で花摘みをした群では30%近く減少しました。アロママッサージと海水プールでの運動の群では驚くことに半減することが確認できたのです。
ポジティブ心理学とは?
従来の心理学は、心の状態のマイナスからゼロまでの領域を対象にしてきましたが、最近はゼロからプラスを志向する考え方が提唱され始めています。ポジティブの向上によってアンチエイジングをもたらす研究結果も出ています。また、軽症のうつについてはこれまで医療関係者にはあまり歓迎されてきませんでした。ところがいま、早期介入をすることで企業にとっても国の医療費軽減という観点からも非常に重要とみなされるようになりました。ビジネスとして取り組む価値が出てきたのです。
リゾートで癒しを提供する有能な人材とは?
現在、リゾートでのスパの運営は、収益を上げているところも増え、リゾートの収益化にはスパは必須であるという見解も出てきています。顧客がリゾートに求めるものは満足感をもたらしてくれる時間と空間です。それは快適な空間、日常と離れた落ち着き、スタッフとのやり取り、居心地の良さなどです。
人は自分のことに関する情報を他者に伝えること、「自己開示」によって、自分の満足感、幸福感を確かめることができます。顧客の空気感を読み取り、自己開示を引き出すことができることこそリゾートで働く人材の条件なのです。顧客は、常に支持され、もてなされ、楽しい気持ちを素直に表し、自分の恵まれた境遇を確かめたくなるものです。顧客と従業員との自己開示は、満足感を左右する最大の要因なのです。
リゾートそしてスパは顧客満足感を最大にずるための一つの仕掛けです。そこでは、施術の技術や、施設空間も大事ですが、一番重要なのは、顧客に満足をもたらすもの、つまり人材です。ハワイの老舗ホテルでは、マナー研修だけでなく、心理学からの研修も実施しています。施設自体は非常に古いものですが、今でも高い客単価のリピーターが沢山いて、しかもスタッフの勤続年数が長いのは、最新の心理学の知見を取り入れているからなのでしょう。
小口 孝司氏
立教大学 現代心理学部 心理学科 教授
東京大学大学院 社会学研究科 社会心理学 博士課程を経て1987年より立教大学 社会学部 助手。2009年4月より現職。2013年9月スパ&ウエルネスジャパン内での特別セミナー『「癒しの旅」の商品化を考える〜メンタルヘルスからマインドフルネスまで~』が好評を得た。