【話題の人】
精神科医、医学博士 水島 広子氏
対人関係療法で拒食症や過食症の方の治療に取り組んでいる精神科医の水島広子先生は、ストレスから自己否定的になりダイエットに依存する若い女性が増えているという。ダイエットがもつ危険な一面と、健康的なダイエットを行うための意識の持ち方とは。
ダイエットをする若い女性の意識は?
痩せた人をみると羨ましい、洋服が似合うモデル体型になりたい、ダイエット特集が載っている雑誌はつい買ってしまう——。これらに全く共感できない人はいないのではないでしょうか。日本人女性の多くが痩せたがりです。
太っていないのに痩せ願望が強く、摂食障害という病気まで至らなくても、ダイエットを繰り返し、依存症気味になっている女性が増えています。しかも、「痩せるときは筋肉から、太るときは脂肪から」という言葉がありますが、彼女たちは見た目より筋肉量は少なく、体脂肪率が高いのです。
自分の身体のスタイルばかり気にする人には共通点があります。それは自己肯定感が低いこと。つまり自分が嫌いなのです。仕事や勉強、家庭など生活の中の抱えているストレスやトラブルを、ダイエットさえすれば解決できると感じています。根本的な原因にアプローチせず、ダイエットによって問題を解決しようとすると、痩せていない現在の生活が空しくなり、さらに自分を嫌いになるといった悪いサイクルに陥ります。これが強迫観念となり、エスカレートすると病気になってしまうのです。
痩せ願望が増加している背景は?
人々をダイエットに駆りたてるものは、痩せていることが美しいという価値観です。「痩せ」=「貧乏」というイメージが強い国の人は、留学などで西洋文化に染まらない限り、過食症状を伴う摂食障害は起らないことが知られています。
この価値観の発祥はアメリカとされています。生活が豊かになってくると、太っている人は自己コントロールができない能力が低い人だと評価され、出世に響いてきたのです。日本の場合、男性は太っていても仕事ができればポジティブな評価を受けることができます。しかし、女性は能力があっても、いつまでも美しいかどうかという評価が付いて回ります。女性に痩せたがりが多い理由がここにあります。
また、日本の行き過ぎた痩せ願望はメディアの影響も大きいといえます。私は、国際摂食障害学会のメディア対策委員会の日本代表という立場でも活動してきましたが、日本は諸外国に比べ摂食障害の予防に繋がる情報が少ない現状があります。日本のメディアはダイエットに関する問題にあまりにも無頓着だからです。
他の先進諸国に続き、日本でもようやく痩せ過ぎモデルを規制しようという動きも出てきました。アメリカでは、大人の女性がうかつに「痩せたい」などと言うと、教養が無い人だという目で見る人もいます。それほど、体型のことばかり気にしていると摂食障害になる場合があるという情報が浸透しているのです。
ダイエットを成功させるには?
ダイエットに卒業はありません。もちろん、よく広告などに出てくるように短期的なダイエット成功者はいるでしょう。しかし、常に痩せ続けていることは不可能です。
痩せることに対する意思が非常に強い拒食症の人は、ずっと低い体重を維持しています。しかし、それは病気ですし、そこに達成感はありません。
ダイエットに成功があるとするならば、それは痩せた身体を手に入れるという結果に執着するのではなく、身体が気持ち良いと感じるライフスタイルを手に入れることではないでしょうか。
ダイエット中でも美味しい食事に誘われることはあるでしょう。そこで食べることにストレスを感じるのではなく、“今日は食べて良い”と考えるのです。人間の身体には恒常性(ホメオスタシス)があり、すぐには劇的に変化しません。数日間かけて身体を戻せば良いのです。
痩せなければ幸せになれない未来の自分ではなく、今の自分を受け入れられるようになれば、ダイエットにとらわれていた苦しい生活は、自分が望んで行っている健康へのこだわりに変わるはずです。
水島 広子氏
慶應義塾大学医学部卒業。同大学院博士課程修了。医学博士。慶應義塾大学医学部精神神経科勤務を経て、現在、対人関係療法専門クリニック院長。対人関係療法の日本における第一人者。「ダイエット依存症」など著書多数。