〈インタビュー〉東京疲労・睡眠クリニック院長/医学博士 梶本 修身氏
今、「50 歳以上の日本人の3 人に1 人は睡眠不足で悩んでいる」といわれている。また、睡眠障害による年間の経済損失は15 兆円との見方もあり、決して軽視できない。睡眠問題は、「一人ひとりの五感」と「睡眠環境」を一致させることで解決できると提唱する梶本修身氏に、睡眠市場の現状と今後の可能性について聞いた。
睡眠不足の最大の原因とは?
睡眠の悩みには、「時間が取れない」「ぐっすり感がない」など、時間と質の両面がありますが、私たちが一番力を入れているのは、いびき対策です。いびきは睡眠を阻害し、目覚めた後にも疲れを残します。また、頻繁にいびきをかくと、睡眠時無呼吸症候群になってしまう可能性も高まります。いびきと睡眠の悩みというのは、ほぼパラレル(平行)な問題といえます。
昔は「いびきをかくのは、熟睡している証拠」といわれていましたが、現代ではいびきが著しく睡眠の質を下げていることがわかっています。いびきは気道を閉塞し、睡眠中に血圧と心拍数を上げ、本来なら休めなければならない自律神経
の中枢を働かせることになります。その結果、自律神経がまったく休めない状況で朝を迎えることになり、体にはだるさが残り、昼間に眠たくなったり1 日中ボーっとしたりしてしまうのです。
これまでは自分のいびきから睡眠の質を調べる場合、まずは入院して一晩、脳波の検査を受けるのが主流でしたが、最近は医療機関に簡易型PSG(睡眠ポリソムノグラフィー)があります。この検査である程度、睡眠の質の確認ができるよ
うになりました。さらに、もっと手軽に無料で確認できる睡眠アプリも登場しています。このように、睡眠の効果検証がスムーズにデータ化できるようになり、サービスや商品がその人に有効かどうか、何が効果的であるかがわかるようになってきました。
いびきは睡眠全体に影響を及ぼしているといえますが、原因は人によってそれぞれ違います。原因に応じた治療法やヘルスケアをこうじないと意味がないと考えますので、一人ひとりのエビデンスベースでヘルスケア方法が選択できるようになったのは大きな進歩です。
最新科学による「理想的な睡眠」とは?
理想の睡眠の質は「リズム」と「バランス」が大切です。 睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があり、ノンレム睡眠も概ね4 段階に分けられます。1、2 段階が浅い眠り、3、4 段階が深い眠りであり、レム睡眠もノンレム睡眠もバランスが非常に大事です。ただし、深い睡眠が長ければよいということではありません。体が疲れている時は、とにかく体を休ませたいということから深い睡眠が増えます。いびきをかいている人は、この深い睡眠が少なくなっているといえます。一方で、深い睡眠だけで疲れは取れません。浅い睡眠時には脳の浄化作用が働きますので、脳を休める意味があるのです。理想は45%が浅い睡眠、25%~ 30%が深い睡眠といわれています。
質さえよければ、5 時間の睡眠でも充分ということになるかもしれません。もし今後、5 時間睡眠で健康が維持できるようになれば、日本人一人当たり1 日に2時間以上も自由に使える時間が増えることになり、生産性向上にもつながっていくはずです。
これまで信じてきた「睡眠の常識」は、もはや崩壊しています。「早寝早起きが健康」「睡眠のゴールデンタイムは23 時から2 時」という話には、まったく根拠がありません。科学的な解明が進み、いろいろな面で測定ができるようになった現在だからこそ、もう一度、過去の誤った常識を見直さなくてはならないのです。
睡眠市場が拡大するためには?
日本は世界で第1 位の睡眠最短国で、その睡眠時間はアメリカより80 分、中国と比べて150 分も少ないというデータもあります。けれど日本人は、自分の体に睡眠時間が足りていないことはわかっています。ですから、量が少なければ睡眠の質を上げようとするのです。
「質を上げる」ということは、「質を下げることをしない」ということでもあります。いびきを解消することも大きな対策のひとつですが、睡眠に必要なのは「安心で快適な睡眠環境」です。
リビングなどのインテリアには皆さんこだわりますが、睡眠を左右する寝室環境には無頓着な方が多いようです。ですから、そこにはまだまだ市場があると思います。ホテル業界でも、快適睡眠にこだわりを見せることで集客を促進しています。
良い睡眠環境には、照明やエアコンという単独な要素ではなく、「五感の一致」がとても大切です。人は五感が一致しないと違和感を覚えます。そして違和感は不安に直結します。例えば、エステティックサロンは薄暗くなっていて、入ると少しひんやりすると思います。木陰が涼しいように、薄暗いとひんやり感じるのが動物の本能であり、心地よいのです。もし、煌々と電気がついていて暑かったら、違和感を持つでしょう。睡眠障害は、このような違和感が災いして発生します。何かひとつではなく、いくつかの条件を組み合わせて人間の本能である「五感の一致」を満足させ、安心で快適な睡眠環境を作る取り組みが実現できれば、今後大きな市場になると思います。
かじもと おさみ
1962年生まれ。医学博士。東京疲労・睡眠クリニック(東京都港区)院長。大阪大学大学院医学研究科修了。産官学連携「疲労定量化及び抗疲労食薬開発プロジェクト」統括責任者。
テレビ番組をはじめメディアに多数出演。