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世界の心を動かす 「おもてなしのモノづくり」を(慶応義塾大学 ウェルビーイングリサーチセンター長 前野 隆司氏)

〈インタビュー〉慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 ウェルビーイングリサーチセンター長 前野 隆司氏

世界のウエルネス産業は470兆円規模に拡大している。ウエルネスとは、身体、精神、社会が健康で安心な良い状態とされ、「幸福」と密接に関係する。「幸せ研究のいま」と「幸せの因子」、そして世界のウエルネス専門家らが注目する「日本の魅力」について、幸福研究で知られる慶応義塾大学教授 前野隆司氏に話を聞いた。


幸せの研究ではどんなことが分かっていますか?

いま世界的に「幸せ」に関する研究が盛んになってきています。
「幸せ」は英語でhappiness と思われがちですが、私も含め多くの幸せの研究者はWell-being を使っています。
Happiness は、嬉しい、楽しいといった短いタイムスパンの心の状態とされ、well-being は人生のようなロングスパンの心の状態と考えられているからです。
個人の幸せを測ることは難しいのですが、100 人や1000 人のアンケートを取って平均値を出す方法からはいろいろなことが分かります。これまでの研究では、幸せな人はそうでない人に比べ7 ~ 10年長生きというデータもあります。幸せの研究は健康長寿社会にとても大きな意味があるのです。他にも、仕事との関係では、「幸せな社員」は「不幸せな社員」より、「生産性が30%高い」、「創造性が3倍高い」、「欠勤率が低い」、「離職率が低い」「鬱になりにくい」といったことが分かっています。
1500 人に「幸せ」の心の状態をアンケートして、結果を因子分析したところ「幸せの4つの因子」が分かってきました。それは「やってみよう」、「ありがとう」、「な
んとかなる」、「ありのまま」という因子です。まず「やってみよう」因子は、夢や目標に向かって主体的に努力を続けられること。次の「ありがとう」因子は、周りの人とのつながりの多様さや利他性であり感謝の心です。そして、「なんとかなる」因子は、つねにポジティブに考えること。気の持ち様でコントロールができるということです。四つ目の「ありのまま」因子は、自分らしさを探して磨くこと。そして広い視野で、俯瞰でとらえることです。
ここ数年は最先端のテクノロジーを駆使して幸せ研究への取り組みが増えています。笑顔測定、体の動きの加速度測定、唾液中のオキシトシンやコルチゾール量、ドーパミンなどの脳内物質を測るといったことも行われています。

幸せ研究と産業との関りとしては?

ずっと幸せなモノづくり、サービスづくりにこだわって取り組んできました。
例えば、住めば住むほど幸せになる家とはどんな造りというようなことです。同様に製品、サービス、教育や街づくりの分野においても幸せを設計やデザインに生かそうと考えてきました。最近は、健康経営への取り組みが活発になる中で、企業の従業員の幸福度の改善にも取り組んでいます。
幸せなモノづくりとは、モノやサービスに「つながり」や「やりがい」を加える仕組みを作ることです。例えば家だと縁側の存在があります。家の内と外をつなぐコミュニケーションを生む場になります。他にも、趣味に熱中できる部屋があることや、子供が孤立しないよう必ず家族の中を通る居間があることなどです。
意外にも、ちょっと不便にすることも仕組みのひとつです。不便の楽しさ、面白さは、幸せや健康に効果があります。例えば、家の一階の真ん中に凹んだリビングを造ると、不便なようですが、すり鉢状の底の場所がついつい家族が集まりたくなる「つながり」の空間となります。
これらのことは、幸せな地域づくり、街づくりにも生かせます。以前大分県がやった一村一品運動などは好事例で、地域の個性づくりですが、個性ができると「やりがい」が生まれます。温泉地では人の回遊を工夫することで温泉地という空間での人と人との触れ合いを生みます。昔ながらの旅先のコミュニケーションです。

世界から見た日本の魅力について?

世界にも知られる「おもてなし」は幸せの条件でもある利他の行動です。「おもてなし」の気持ちが優れている人ほど、幸福度が高いと言えるでしょう。日本の魅力であるモノづくりにも反映しています。古き良き時代のモノづくりと、クールジャパンやテクノロジーは一見共通点が無さそうですが、実は車もアニメもキメ細やかな「おもてなし」の心が通じています。相手に喜んでもらおうと一生懸命作っていることでは、伝統産業も最先端テクノロジーも実はとてもよく似ているのかもしれません。
近年は、「いきがい(ikigai)」も注目されています。他者のために尽くし役に立つといった昔の日本の「いきがい」が意味するものに興味を覚えているようです。これも日本が持つ利他的精神への関心のあらわれでしょう。
日本はそもそも「和」を重んじて、全体のバランスや心と体の調和、自然との調和、社会との調和を大切にしてきました。これらのことも間違いなく日本の魅力に繋がっているのでしょう。日本の武道では、技も磨きますが心も磨きます。強いだけでなく人格的に優れていることが本物であり美しいからです。
現代の健康・美容産業も心と体や社会との調和を意識して「幸せ」や「いきがい」、「つながり」といった心の部分を上手に足していくことが大切なのだと思います。我々日本人が日本の良さを知り追求して自信を持って世界に発信していくときなのでしょう。

まえの たかし
慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 ウェルビーイングリサーチセンター長。研究分野は、ヒューマンマシンインターフェースから幸福学、感動学、共感学、イノベーション教育、コミュニケーションデザインまで幅広い。「幸せのメカニズム 実践・幸福学入門」など著書多数。

 

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