〈インタビュー〉慶応義塾大学 薬学部・薬学研究科 生化学教授 長谷 耕二氏
新型コロナ感染症の拡大で“免疫” に注目が集まる中、体内の免疫系において腸が重要な役割を果たすことが分かってきた。TVや情報誌など各種メディアでも取り上げられ、免疫システムや腸内細菌の働きに関する研究が進み、健康だけでなく、美容への影響についても明らかになってきた。腸の働きに関する最新研究や知見について、慶應義塾大学の長谷耕二氏に聞いた。
腸内細菌と免疫の関係性
免疫とは体内の異物を認識して反応するものですが、その異物を「抗原」と言います。「抗原」に対して免疫細胞が活性化し、IgA などの抗体を生み出し、排除しようとするのが免疫のシステムです。その中で、腸内細菌が作る代謝物が重要ということが最近分かってきました。例えば酪酸という代謝物ですが、 IgA や制御性 T 細胞という炎症を抑制する細胞が誘導します。その他にもTh17細胞が腸管のバリア機能において重要な働きをするなど、様々なメカニズムが解明されつつあります。
さらに、これまで腸内細菌はバランスばかりが重要視されてきましたが、細菌が多ければ多い程、免疫関連の代謝物の量が増えることから、量についても大切だということが分かってきました。ただ細菌の数に個人差が出る原因は特定されておらず、食生活や生活習慣が関わってくるのではないかと考えられています。
一方で、体内の免疫細胞の 70% が腸に集まっているとの話や腸内細菌が何百兆個もあるといった情報が出回っていますが、これについては実際の免疫細胞の数は全体の 10 ~ 20% 程で、腸内細菌も平均で 40 兆個くらいです。ただ体内の免疫系の中で、最も多く、果たす役割が大きいことは間違いありません。
腸内環境の乱れと対処方法
腸内環境が乱れる原因はいくつかあります。遺伝的な原因で腸管に炎症が起こりやすい人や抗生物質の乱用。また胃酸の分泌を止めるプロトンポンプ・インヒビターという薬の副作用なども挙げられます。あとは偏食です。特に西洋食は食物繊維が少なく、高脂肪、高タンパクなため、腸内細菌に良くないと言われています。また腸内環境を整えるには MAC (Microbiota-accessible carbohydrates)、いわゆる可溶性食物繊維とかオリゴ糖、レジスタントスターチ等、腸内細菌の餌になる食材の摂取が大切だと言われます。プレバイオティクスよりもさらに広義の意味で使われていて、普通の食材に含まれます。どうしても抗生物質などを飲まないといけない場合、ヨーグルトや整腸剤の他、こうした MAC 食を食べることで、腸内細菌のバランスを整えることができます。
また不規則な生活や運動不足も影響します。人の身体に日内リズムがあるように、腸内細菌にも日内変動があり、勤務時間がバラバラのシフトワーカーでは、腸内細菌叢が異常になりやすいと言われています。また運動不足は、炎症を引き起こすリスクが高く、やはり腸内細菌に悪いと言われています。体を冷やすことで菌の増殖が抑制されるため、体を温める、血行を良くすることも重要だと言われています。
酪酸が健康のバロメーター
現在、腸内細菌検査も様々なところで受けられるようになりました。Web で申し込むと便の採取キットが届き、送り返すと腸内細菌の組成、善玉菌、悪玉菌、バランス調整菌などの状態がわかります。携帯アプリも出ていますが、自分で便の回数や便の色を打ち込む簡易なもののため、正確な判断が難しくなっています。
一番は代謝物を測定することです。腸内細菌は全体として一つの “臓器” の働きをしているため、最終の代謝産物である酪酸がきちんと産生されていれば、問題ありません。逆に、病気の人は数が減少するため、自分の身体の状態を知るバロメーターにもなります。今後、自分の便の形状を撮影し、機械学習させることで、腸の状態が判断できるようなアプリなどが開発されるといいですね。
腸と美容の関係性
腸内で産生される短鎖脂肪酸には酪酸、酢酸 、プロピオン酸などが含まれており、我々の体のエネルギーの約 10% を担っていると言われています。その中で、酢酸やプロピオン酸は、体重増加や肥満の抑制などの働きがあると言われています。また肌荒れに関係するビタミン B2類等も腸内で産生されます。
腸内の細胞増殖や機能の維持を行うポリアミンにアンチエイジング物質としての効果が期待できることもわかっています。また先月、協同乳業㈱との共同研究で、腸内細菌叢由来のポリアミンが大腸粘膜層の健全化に寄与することも確認しています。ポリアミンは、アルギニン、オルニチンから生成されることがわかっており、この 2 つの成分をどのように大腸に届けるかが今後の課題となります。ポリアミンの作用に関するメカニズムは、まだ解明されていませんので、引き続き研究を続けていきたいと思います。
はせ こうじ
卒業後、山之内製薬に入社。腸内発酵の研究に携わる。2000年にカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)に留学。その後、理化学研究所 免疫アレルギーセンター 免疫構築研究チーム、東京大学 医科学研究所 粘膜ワクチンセンターなどで免疫研究に従事。2012年から現職に就任。