〈インタビュー〉積水ハウス(株) 執行役員 住生活研究所長 河崎 由美子
積水ハウスは、昨年創業60年を迎えた。1960年からの30年間は「安全・安心」次の30年は「快適性」を追求した時代だったと振り返る。いま、同社は2020年からの新たな30年間のビジョンを「わが家を世界一 幸せな場所にする」と掲げた。「幸せ住まい」の研究に取り組む「住生活研究所」所長の河崎由美子さんに話を聞いた。
「幸せ住まい」の研究成果にはどんなことがあるのでしょう
住を基軸に「健康」や「家族とのつながり」を通して住む人の「幸せ」に貢献できると考えました。一瞬のHappinessではなく、もっと日常的に長いスパンでWell-Beingな状態を提供することです。それは昔ながらの日本人の暮らしを見直し、その中にある素晴らしさを再発見することでもあります。
18年に行った住生活研究所の調査から、リビングは、ご飯を食べる、団らん、くつろぎなど家族の様々なシーンを受け止めていることが分かりました。しかも、家族が「一緒に居て一緒にすること」だけでなく、意外にも「一緒に居て思い思いにすること」が多いことも分かったのです。
従来の機能で考えるLDK発想から脱却し、過ごし方を縛らない住まいが必要と考えました。そのために充分な広さを確保し、仕切りを排除することが大切と分かりました。「ファミリー スイート」と名付けたこの仕切りの少ない大空間リビングの提案は、正に「ザ・ニッポン」の生活空間だったのです。
壁で仕切って間取を固定するのではなく、「障子」や「ふすま」「引き戸」で自由度の高い空間です。日本では、一枚の「ついたて」があるだけでも、「向こう側」と「こちら側」と、別の空間と認識します。畳や板の間も同様で、異なった床材で、高低があれば、「上」と「下」という別の空間と見なすことができます。このことを活用することで、20畳の広い空間で家族がそれぞれの居場所づくりを実現できるのです。家族が思い思いに居心地よく過ごせて、家族との「つながり」や「学び」を熟成していく。日本特有の暮らしというと、「お風呂」や「床座」などがまず思いつきますが、このように、ひとつの空間を複数の人が多目的で利用できる寛容さ、柔軟さも極めて日本的なのです。
幸せな住まいにはどんな工夫をされていますか
私たちは昨年夏から「ファミリー スイート おうちプレミアム」でいくつかの提案をしています。まず。料理作りを家族皆が参加できるイベントにすることです(「おいしい365日」)。キッチンを広くして作業スペースが沢山あると普段料理作りに慣れてない人でも自然と参加したくなるものです。
住む人の気持ちはその空間に左右されて自然に導かれます。我々は「場力(バヂカラ)」と呼びますが、そこに居るだけで何となくこんな風に動いてしまうという場が持つ力、雰囲気のことです。人は場力で元気にもなり勇気づけられもします。このことを上手に活用して暮らしを豊かにすることができます。
他にも、隠れ場的なやや暗い照明の狭い空間で、バーのような非日常感を演出します(「うちdeバル」)。ここでは、ご夫婦はいつもと違う会話をする時間を作れるでしょう。また、運動の継続のためには運動スペースの確保が重要です。壁に体操用の握りバーを取り付け、いつでもフィットネスやヨガ、ストレッチが出来るようにマットを敷きました。自然に体を動かしてしまうスペ―スです(「おうちでフィットネス」)。
小さな赤ちゃんの居るご家庭のためのベビーベッドも置ける広めの主寝室(「かぞくの眠り」)。この数年、働き方の変化に対応した、リビング周りでオンライン会議用のスペースを確保した個性的で仕事に相応しい背景や音が気にならない空間(「在宅ワーク」)。昨年末には、家全体の空気の流れをコントロールする次世代室内環境システム「SMART-ECS(スマート イクス)」も発売しました。
今後の新たな取り組みは?
一番長く過ごす居間を「疲労がV字回復する空間」にしようと考えました。広いバルコニーから外光を採り込み、居間からも外の景色や緑を見ながら外気を感じられる、家の内と外との繋がりのある空間(「スローリビング」)です。昨年の研究で、この居間で過ごすことで疲労度合いが疲労負荷前にまで回復することを確認しました。また、超高齢社会に向けての新たな提案として、何もかもバリアフリーにしてストレスを無くすのではなく、筋肉や細胞の衰えを防げる、ほどほどなユニバーサルデザイン空間の研究も進めています。
「幸せ」な暮らしは「つながり」や「健やか」「学び」の要素を持っています。しかし、高齢になって以前のように「健やか」とはいかなくても、家族や友達との「つながり」と、前向きな「学び」への想いがあれば、人は幸せに生きていけます。超高齢社会では、地域で助け合って生きて行くことも重要です。今、日本家屋の「軒先」や「縁側」「土間」「庭先」「玄関先」といった外界との中間領域の役割が見直されています。家族とだけでなく近隣住民との大切なコミュニケーションを育むための「開く住まい」です。
これからも、様々な角度から、人生100年時代の「幸せ住まい」を科学的、理論的に明らかにして、「住まい手」に寄り添う提案をしていきたいと思います。
かわさき ゆみこ
1987年に積水ハウスへ入社。高校入学までの12年間を海外で過ごした経験や、子育て経験を生かし、総合住宅研究所でキッズデザイン、ペット共生、収納、食空間など、日々の生活に密着した分野の研究開発に携わる。2018年8月から住生活研究所長。一級建築士。