近年、女性活躍の推進が、国の政策としても大きく取り上げられはじめている。中でもキャリアアップを目指す女性にとって大きな壁となっているのが女性特有の健康課題だ。東京大学医学部附属病院で婦人科医を務める大須賀氏に現代女性の健康課題とその対策、そして「フェムテック」に寄せる期待について尋ねた。
月経は現代人の生活習慣病
現代女性は出産前の月経回数が非常に多くなっています。もともと江戸時代や明治時代には20歳で出産し、次から次へと子供を産むのが普通でした。妊娠期間中や授乳中は月経がないため、一度のお産で約3年。7人産めば21年間月経がなくなるわけです。いまでは女性の初経年齢も早まり、出産回数も減少したため、月経が増えてしまったわけです。
実際に月経が多いと何が起こるか。まず月経困難症や月経痛。月経痛は昔からありますが、特徴として出産回数が増えれば痛みが薄れることが分かっています。一方、重い月経痛を繰り返すと中枢神経や脳に変化が起き、痛みをより強く感じるようになることがわかってきました。
さらに月経回数が多いと、子宮内膜症になりやすいといわれています。子宮内膜症は、一種の腫瘍性病変ですが、不妊症や卵巣の機能不全、卵巣がんにもなりやすいとされています。また、慢性的な腹痛による生活の質の低下や、病巣から分泌される物質は将来の健康に悪影響を及ぼす恐れがあります。現代女性の生活習慣病の一つといえるのかもしれません。
未然に防ぐには、月経痛が強い方は早めに婦人科を受診してもらい、ホルモン剤を摂取してもらうことです。
婦人科への受診で未病対策
婦人科を受診する人は、昔に比べて少しずつ増えています。様々な啓発活動が行われ、10年前に比べると2~3倍に増えたと思います。ただ潜在的に症状を抱えた人はそのさらに10倍以上いる可能性が高い。典型的な症状であれば別ですが、なかなか自分では判断できません。またPMS(月経前症候群)や更年期にはうつ症状もあり、精神科の可能性も考えるわけです。そこでさらに受診のハードルが高くなってしまいます。
そのためにもまず自分の身体の調子と生理との関係性を正しく把握することが必要です。月経周期のいつどこで何が起きているかを知らなければなりません。
治療では更年期の方にはホルモン補充療法をお勧めしています。企業でいえば管理職にあたる年代の女性が、快適に生活するために大きな効果が期待できます。ただ日本人は“ホルモン恐怖症” が根強く、利用する人は欧米に比べて僅かです。血栓症や乳がんになるリスクを恐れてですが、これは5年以内だとほぼ気にしなくていいレベルだと言われています。もちろん個人差はあるので、乳がん検診などとセットで行えば心配ないでしょう。
日常的な対策として、一番いいのはストレスを減らすこと。ストレスと卵巣機能は密接に結びついています。ストレスが多いと身体は危険を感じて、妊娠しづらくなります。同時に通常卵巣が整えるはずの体調不良も発生し、たとえば骨粗鬆症といった病気にもなりやすいと言われています
ほかにも睡眠や食事、運動、あと体の血の巡り。痩せすぎや太りすぎもよくありません。食事は栄養バランスを考えて摂ることが重要ですが、足りなくなりがちなのはビタミンD。ビタミンDは女性の妊娠や卵巣機能など、全てにおいて重要とされる栄養素です。日に当たることで生成されますが、日中社内で仕事をしている方は、十分な血中値に達していないことが多いため、サプリメントで摂取するのがよいでしょう。
今後の医学とフェムテックの関係は
月経周期の情報が自動的に可視化できるサービスがあれば、活用の幅が広がるのではないかと考えています。いまでも直接データを入力するアプリはありますが、完全に自動化されたサービスが登場するとまた違うでしょう。
また骨盤臓器脱といって子宮や内蔵器が膣口から脱け出してしまう疾患ですが、これは筋肉が弱る主に高齢者に多くみられます。最近、膣圧を図るアイテムもあり、数値化することで、予防の動機づけにつながると考えています。また更年期でホルモンが減少し、デリケートゾーンが荒れてくることがあるため、肌状態をチェックできる製品があるといいですね。聞きたいことがあっても、なかなか聞けない部分ですので、自分でも調べることができれば安心でしょう。昔は高額でしたが、今ならもっと安価に開発できる気がします。自覚症状も大切ですが、数字として可視化できる製品が出てくればよいと思います。
ただ女性特有の症状の場合、循環器に比べて生理学的なパラメーターが少ないのが難しいところで、どうしても気分の変調についても入力しなければなりません。例えば寝る前や朝起きた時に今日の気分を番号から選ぶような方法や音声認識を活用することで、少しでも手間が省ければ楽になるかもしれません。
日本は海外に比べてまだまだフェムテックへの投資が少なく、デバイスの開発につながっていない印象があります。ソフトでは良いものが出来てきていますので、今後ハードウェアも日本で開発できるようになればいいなと思っています。
おおすが ゆたか
1985年東京大学医学部卒、医学博士。産婦人科医としての長年の経験をもとに女性のための包括的な健康支援の重要性を広く社会に訴えている。研究活動、教育活動にも力を入れており、多数の研究成果と優秀な産婦人科医の育成を通して日本の産婦人科医療の向上に努めている。多くの学会の役員、中央官庁委員としても女性の健康問題に取り組んでいる。2013年より現職。