2010年代より米国で流行したケトジェニックダイエットを契機に、現在世界的にケトン体への関心が高まっている。なかでもケトン体の一種「β-ヒドロキシ酪酸(BHB)」は食品として利用できることから、先行して市場が形成される米国ではサプリメントや粉末飲料、グミなどへの配合が進み、1,000t以上が流通しているという。BHBの最大の特長が、体内の糖質に代わりエネルギー源になること。これにより糖質制限を行わずとも、血中のケトン体が増加するケトーシス状態に切り替わり、内臓脂肪や体重の減少が期待できる。ここに目を付け、国内でケトン体市場の創出を図っているのが大阪ガス㈱を含むDaigasグループ(大阪市中央区、[email protected])だ。同社が持つ発酵技術を応用した新規研究開発の過程で天然のケトン体を製造することに成功。量産化できる体制を整え、本格的に原料販売に乗り出す。BHBに関する研究ではミトコンドリアの活性作用など新たな知見も出てきており、新時代の食品成分として大きな注目が集まっている。同社事業創造本部未来価値実現部長の野村俊一氏、エネルギー技術研究所フェローの坪田潤氏に聞いた。
肥満対策の救世主 国内でも関心が寄せられるケトン体(BHB)とは
坪田 ケトン体は、体内で生成される「D-β-ヒドロキシ酪酸(D-BHB)」「アセト酢酸」「アセトン」の総称。D-BHBは、絶食や糖質制限などを理由に糖質が不足している状態において、糖質に代わるエネルギーとして生産されることがわかっている。ケトン体は幅広い生理機能によって健康効果が得られることも近年の研究でわかってきており、糖質よりも優れたエネルギー源として注目されている。米国では、このケトン体の特性を活かした “ケトジェニックダイエット”が2010年代に登場し話題となった。過度な糖質制限によりケトン体を産生させ、ケトン体をエネルギー源とするケトーシス状態「ケトジェニック」を作り出し、体重を減らしていくというものだ。一般的に糖質が枯渇することで、中性脂肪を遊離脂肪酸に分解し、遊離脂肪酸が肝臓でケトン体に変換される。いわば脂肪をエネルギー源にし、効率的な脂肪燃焼が可能となる理屈。しかし、過度な糖質制限は低血糖症の誘発や腸内環境の悪化による便秘の発生、筋肉量の低下、リバウンドの可能性など、副作用的なデメリットが多いのも事実。そこで、BHBのサプリメントが開発されるようになってきた。先行する米国では、カプセルタイプのサプリメントや粉末飲料、グミなどに応用され、年間1,000t規模のBHBが流通するなどケトン体市場が形成されている。しかし一方で、米国で製造されるBHBは石油原料を用いているという点で残留溶媒などの懸念もある。また、化学合成法で製造すると光学異性体のD体(D-BHB)、L体(L-BHB)が半々の混合物が得られるが、ケトジェニックダイエットとして有効なのはD-BHBのみなので、生体利用効率が悪い点も課題となっている。
なぜ大阪ガスが食品開発を? 天然ケトン体「OKETOAⓇ 」
野村 当社は1905年、街にガス灯を普及させるガス事業からスタートした。来年で120年を迎えるが、ガスの歴史は言い換えれば電気や他の新たなエネルギーとの戦いであったともいえる。社会や環境変化に伴い、常に先進的な商品やサービスの開発を強いられる環境にあった。これが技術を磨く礎となり、“技術の大阪ガス”の基盤を作ったと考えている。1947年には、基礎研究等の機能を担う中央研究所(現エネルギー技術研究所)が設立。新規技術の開発や、異業種への参画につながる研究が積極的に行われるようになった。
坪田 BHBの開発も同様で、近年重点研究テーマである、ガスの脱炭素化に資する、「メタネーション」をはじめとした様々な研究を行う過程で生まれたもの。メタン発酵技術を開発する中で産業技術総合研究所が研究しているハロモナス菌と出会い、BHBに関する共同研究をスタートさせた。バイオガス製造プロセスの開発を通じて蓄積した独自の発酵技術を応用し、2013年にハロモナス菌からBHBを生産できる技術を確立した。当初はバイオポリマーの原料として利用できないか検証を進めていたが、時同じくして米国でケトジェニックダイエットが話題を呼び、食品への応用を視野に入れた。米国では化学合成法によって製造されたBHBが流通していたが、当社は発酵法を用いることで天然のケトン体が製造できると踏んだからだ。
当社のケトン体「OKETOAⓇ(オケトア)」は、ショ糖を由来にハロモナス菌を用いて発酵させ、発酵液を精製して製造している。天然のケトン体の製造としては、他に類をみない。この発酵技術は日米欧で特許も取得している。天然ケトン体のため、D体100%のBHBとなっており、言い換えるなら有効成分100%のケトン体素材となる。残留溶媒も無く、不純物が入らないので安心して摂取できるのが強みだ。原料は水溶液タイプの「OKETOAⓇD-BHB Acid」と、粉末タイプの「OKETOAⓇD-BHB中和塩」の2種類を用意した。サプリメントはもちろん、飲料や一般食品などにも幅広く応用することが可能である。
米国GRAS認証取得 PRISIMA2020対応で機能性表示食品も
野村 「OKETOAⓇ」の販売開始に向け、2017年にはスケールアップの目処を立て、2019年からは各種法対応の準備を整えてきた。大阪ガス(Daigasグループ)では、コンセプトに「革新を、誠実に」を掲げており、食品素材を供給するにあたり、何よりも安全性と品質の高さを担保するのが重要と考え、万全の備えでの食品事業参入を進めてきた。2024年4月に発足した未来価値実現部の使命は、このような当社研究所が開発した技術をプロダクトマーケットフィットさせ、バリューアップすることである。
坪田 食品原料として事業転換への舵が切られ、最初に行ったのが食品衛生法への準拠をはじめとした各種法対応だ。2022年には厚労省から「非医薬品」リストに追加されたほか、米国FDAから「Notified GRAS」の認可を受けた。翌年には遺伝子組み換え作物不使用を証明する食品ラベル「non-GMO」認証も取得し、食品として流通できる準備が整った。さらに健常人を対象にしたランダム化二重盲検比較試験を実施し、1日2.9g、12週間の摂取で内臓脂肪が有意に減少することを確認。機能性表示食品への届出準備も同時進行で進めた。結果的にPRISMA2020に対応したSRにより、今年2月に機能性表示食品として受理された。「BMIが高めの方の内臓脂肪を減少させる機能がある」と表示する事が可能となった。先ずは機能性表示食品対応原料として、抗肥満・抗メタボリックシンドローム領域で展開を進めていきたい。特に、「糖質よりも優れたエネルギー源」であることを打ち出していきたいと考えている。
野村 日本国内ではケトン体の知名度はまだまだ低いのが実情。ケトン体が持つ有効性を発信し、共に市場を創出するパートナーと連携して消費者の理解を得たいと考えている。同時に、ケトン体の魅力をさらに高める為、睡眠の質改善等のエビデンス取得も継続していくつもりだ。
坪田 今後はメカニズムの解明にも力を入れていきたい。「OKETOAⓇ」の摂取により、体内の糖質よりD-BHBが先にエネルギーとして使用されることから、炭水化物をグルコースに変換しなくて済むことがわかってきた。これにより、食欲をコントロールするホルモン、レプチンの分泌が増え、食欲を抑制することにもつながるのではと分析している。このほかにもケトン体にはミトコンドリアを活性化させる作用があり、細胞の老化を防ぐことが期待できる。また、運動能力の向上や、脳機能改善の領域でも有効性が発揮できるのではと考えている。当社では、三大栄養素となる「タンパク質」「脂質」「炭水化物」に並ぶ食品元素として「ケトン体」を追加したいという夢も抱いている。是非多くの方に「OKETOAⓇ」を利用して頂き、その有効性を実感してもらいたいと願っている。
健康産業新聞 第1793号2024年8月7日【紙面はこちらから】