世界初の無血開心手術や冠動脈バイパス手術を開発するなど、世界の医療を牽引してきた元ニューヨーク医科大学臨床外科教授の廣瀬輝夫氏。患者本位の医療を信念に、早くから「統合医療」や「生活習慣病」といった考えを唱え、日本の健康産業に多大な影響を与えてきた。廣瀬氏に統合医療の現状や医療現場の問題点など話を聞いた。
―― 廣瀬先生が「統合医療」を提唱されるようになったきっかけは。
廣瀬
私は、外科医として患者生来の臓器をできる限り保存して、輸血、心臓移植、恒久人工心臓、人工弁など、人工物や他人の臓器といった異物を体内に挿入することを避けるための術式を研究し、工夫してきた。世の中には、宗教や信条によって輸血などを拒まざるを得ない人もいる。その宗教活動などが他人に害を与えない限り、輸血ができないからといって手術を拒むのではなく、外科医が自ら腕を磨き、技術上の工夫をし、患者の希望に従うべきとの信念をもって医療活動を行ってきた。それが医者の義務であり、患者の権利であると考える。宗教上、輸血できない患者に対する世界初の無血開心手術など、過去23年間で手術症例数は約3 万例、開心術はそのうち7,000例ある。
その一方、多くの心臓外科手術を手がけてきた中で強く感じたのが全身治療。私が行ってきた心臓外科手術など西洋医学は臓器中心の治療。これに対して東洋医学は全身的に治療する。どんなに優れた西洋医療で臓器を治しても、根本から体質を変え、全身的な治療を行わなければ本当の健康を手に入れることはできない。患者本位で考えると西洋医学だけではなく、心身一体の全身的治療の東洋伝統医療が必要である。
―― 最近では『融合医療」を唱えていますが具体的には。
廣瀬
25年前に日本で初めて「統合医療」の必要性を唱えたのは私と渥美和彦東大名誉教授だが、日本の現状を見渡すと、統合医療では西洋医学以外の補完代替療法である漢方、鍼灸、指圧、柔整、健康食品等と呼ばれる全ての療法が含まれている。優れた療法も多いが、そうでないものも含まれているのが現状だ。本来、西洋医学と東洋医学は同等であるべきで、「補完代替医療」や「相補医療」といったキーワードも違和感を覚えるようになった。西洋医学の中で優れた療法、東洋医学の中で優れた療法だけを融合する「融合医療」を普及させることが、患者本位の医療を実現するためのカギとなる。
世界中を見渡すと、日本のように先端医療が行われている国はごくわずか。多くが近代医療の恩恵を受けることなく、民族伝統医療が行われている。代表的なのがアーユルヴェーダや中医学。インドには近代医学を教える医学校が125校で医師は40万人だが、アーユルヴェーダとヨガを教える学校は公立を含めると465校で施術治療士は70万人で、今もアーユルヴェーダが中心となっている。また、中国では西洋医学と中国伝統の中医学を融合した「中西医療」が行われることになっているが、実際には融合できていないのが現状。西洋医学の恩恵を受けているのは約2 割で、多くの人は中医学に依存している。
日本では漢方を修得している医師は3,000人に過ぎず本当に漢方を理解している者は300人にも満たない。一方で、韓国は西洋医学と伝統医学がうまく融合している。韓国には韓医学があり、53の医学大学のうち11校で韓医学を教えている。また8校では西洋医学と韓医学を融合した医療の教育が行われており、日本にとっては融合医療のモデルケースになるだろう。日本は開業権のある漢方医を養成する、少なくとも3校の漢方大学を設立することが、漢方鍼灸を存在させるためには急務だ。
―― 日本の医療現場の問題点は。
廣瀬
これまで137ヵ国を訪問し世界中の医療現場を見てきたが、その中でも日本の国民皆保険制度は最も優れた医療制度といえる。しかし、50年にわたる保険制度の疲労と、20年近く続く経済不況などにより制度の改悪が進められ、高齢化と高騰する医療費、医療規制なども重なり、医療施行レベルが低下しているのが現状だ。その中で取り組まなければならないことは非常に多いが、融合医療を推進することで、国民医療費の削減に大きく貢献できる。先進的な西洋医療に比べると医療費は5分の1 程度になると試算している。
それ以外にも、病院の経営難や、日本の医師レベルの低下などの問題に対しては、教育の部分から改革することも必要。医療に精通した病院経営者の育成や、人間教育や基礎科学、医療倫理などをしっかり教えるプレメディカルカレッジの創設なども、日本の医療崩壊を食い止めるには非常に重要になる。